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27 avril 2005

川上弘美『古道具中野商店』

学生時代に通っていた喫茶店があった。最寄り駅から大学までは20分ほど歩くのだが、駅から少し遠くて、通学路から少しはずれたところにあったので、同じ大学に通う学生はほとんど来ていなかった。
遅めの午前の授業の前か、午後の授業の終わりに立ち寄っては、ひとしきり本を読んでは帰った。そう年配とはいえない夫婦で経営していた記憶があるが、常連だったとはいえ、会話を交わしたこともなく、ただコーヒーを飲んで、本を読んで帰る大人しい学生だったわけだ。特になにが楽しくてそこに佇んでいたのではない。ただその空間に身をおくと時間の流れが止まってしまうようで、そのことが心地よかったのだ。
外界から時間的にも空間的にも遮断された場が好きだ。別に世の中のことがきらいなわけじゃなくて、むしろ世の中の面倒なこと、こまごましたことに煩わされることは苦にならない。時間的空間的に遮断されていたって、身の回りのことや世の中のことはうごめいている。喫茶店でコーヒーを飲んでいたって、人の話は聞こえてくるし、レポートの提出日は迫ってくる。たぶん、そこは遮断されているんじゃなくて、遮断されたいと思うぼくのイマジネーションを刺激してくれる場所だっただけかもしれない。
中野商店で繰り広げられる日常は、あまりに日常すぎて、ぼくたちの生きている世界から遮断されているような錯覚に陥る。まさに不純物のないありきたりな日常だ。平凡な毎日もここまで徹底的だとその中に息づく人間関係の微妙な動きが鮮明に映し出されてくるように思う。
最近、ドラマや映画を観ていても過剰な演出や、突飛なシチュエーション、無意味な映像効果が氾濫している。久しぶりにデジタル合成のない実写だけの映画を観たような気がした。

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