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11 juin 2008

江國香織『落下する夕方』

語学の話を引きずろう。
二十歳くらいの頃、何を思ったか、アルバイトで稼いだ金をつぎ込んで御茶ノ水のフランス語学校にしばらく通っていた。入門クラスを終え、初級コースに進んだのだが、そのなかにひとり、今のぼくくらいの年配の男性がいた。話をしたこともなく、いつも席が離れていたので、どんな動機でそこに通っていたかは定かじゃない。昔かじったことがあるフランス語をもう一度、みたいな、おじさんがロックバンドやフォークバンドをはじめるような感じ、でもなかった。
授業では日本語はいっさいしゃべらないことになっている。昔タモリやビートたけしや明石家さんまが正月にやっていたゴルフみたいなもんだ。まず、出席をとる。先生がひとりひとり名前を読み上げる。女性はpresente(スペルは正確じゃないが)、男性はpresentと答える。これは初心者にとっては緊張する作業だ。で、その年配の方はたしかにpresentではなく、プレザーンと片仮名ないしは平仮名で返答していた。Il n'y a pas de stylo.なんて文章も「イール・ニ・ヤ・パッ・ド・スティーロー」と読んだりする。
その後中級コースに進んで、何度か授業に出たが、お金が続かなくなり、なんとなく忙しくなって学校には行かなくなった。おじさんは今頃どうしているだろう。
先日読んだ『外国語上達法』で語学上達に必要なのはお金と時間とあったが、たしかにそうだ。さらにいえば、能動性と強制力ではないかとぼくは思っている。
いずれにしても自分からすすんで取り組まないことには前進はしない。それと学校に行くとか、宿題を課せられるとか無理強いさせられないと言葉って身に付かないんじゃないかと思っている。
実は、もう一度御茶ノ水でも飯田橋でもいいのでフランス語学校に通ってみたいと最近思っているのだ。しばらく前からずっとそう思っている。が、ときどき脳裏をかすめるのは昔同じ教室にいたあのおじさんだ。今度はぼくが「なんだあのおじさん」と言われてしまうのだろうか。

ちょっと引きずりすぎた。
江國香織を読むのはずいぶん久しぶりで、この文庫本は、5年ほど前仕事で行った大阪は豊中の本屋で買った。仕事の合間の退屈しのぎによさそうな雰囲気がしたからだ。でも結局ずっと読まないまま放置していた。
江國作品のなかの小気味いい人物設定が好きだ。
彼らは「私は新幹線が嫌いだ」(あげは蝶)とか「記憶はおもちゃのブロックに似ている」(ホリーガーデン)、「夜の電車はすごくきれいだ」(流しのしたの骨)、「運動会のなかで、あたしはお弁当の時間がやっぱりいちばん好きだ。外の空気の匂いに、みんなおむすびの海苔の匂いのまざるところが特別で好き」、「あたしは学期のなかで三学期がいちばん好きだ」(神様のボート)、「私が品がないと思っているもの。携帯電話、愚痴、ゴルフ、恋」(ウエハースの椅子)、「透は牛乳が好きだ。砂糖を入れなくても奥底で甘いところがいい」(東京タワー)、「私はバスという乗り物が好きだ」(愛しいひとが、もうすぐここにやってくる)などなど気持ちよく言ってのける。
そういえば今回の主人公は「秋は一年じゅうでいちばんお茶漬けのおいしい季節だと思う」と言ってたっけ。

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