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12 septembre 2008

ポール・ゴーガン『ノアノア』

少しだけ秋らしくなってきた。夏の間影をひそめていた大型台風が南の海上にいる。今後の動向が気になるところだ。
初めての海外旅行はタヒチだった。いわゆる新婚旅行というもので、妻はアジア、アフリカに関心があり、ぼくはどちらかといえばヨーロッパ志向だったのでなかなか行き先が決まらなかった。当時は仕事がめちゃくちゃ忙しかったので、どうせなら何もない南の島でぼんやり過ごすのがいいだろうということでなんら予備知識もなく、タヒチを選んだ。外国語はからっきしなのだが、フランス語圏なら多少、飲み物くらいなら注文できるだろう自信はあったし。
ゴーガンが晩年を過ごしたのがタヒチであることは数少ない予備知識の中にあった。パペーテの観光でゴーガンに関する資料館だかを見た憶えもある。とはいえ思い出すのはボラボラ島のコテージで床下から聞こえてくる波の音を背にしてうとうとしていたことくらいだ。
そんなタヒチにも歴史があって、人々の暮らしがあったんだとゴーガンの文章を読み、再認識させられた。ゴーガンは一介の画家だとばかり思っていたが、父親がジャーナリストで、幼少の頃、ペルーに亡命していたり、波乱万丈の生い立ちがあったという。思いのほか学識のある人だったのだ。クロード・レヴィ=ストロースもパリを発ち、ブラジルに向かい、その後『悲しき熱帯』を書いたといわれているが、南米からパリ、そして南洋の島へと経巡るゴーガンの人生は、どことなくレヴィ=ストロースの世界に似ている。
ような気がした。

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