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15 août 2009

玉村豊男『パリ・旅の雑学ノート』

年に一度、南房総に行く。
かつて安房郡白浜町千倉町の町境のあたりだ。小学校に入る前から祖父に連れられ、姉と3人で両国から汽車(その後しばらくして電化されたが)に乗って千倉駅に向かう。さらに国鉄バス(当時)で乙浜という停留所で降りる。そこに父の実家があった。だいたい3週間から1ヶ月をそこで過ごす。バスで千倉方面に戻ると白間津という集落があり、そこには母の実家がある。
父の家は戦後建て直しているので今は誰も住んでいなくてかなり傷んでいるが、まあ生活ができないほどではない。一方、母方のそれは大正か昭和の初期に建てられた家で今となっては床も抜け落ちそうなほど朽ちている。
ぼくは母方のいとこたちとよく遊んだのでどちらかといえば思い出深いのは白間津の家で毎年必ず誰もいない座敷にあがって仏壇に線香を上げている。近所にいとこ夫婦が住んでいるのでときどき窓を開けて風を通してくれているらしい。けっして廃屋というわけではない。古い家の柱にはぼくたちが子どもだったころ貼り付けたお菓子のおまけのシールやいちばん年下だった叔父の購読していた漫画雑誌などがそのままになっている。誰も住んじゃいないがずっとみんなが住んでいるのだ。
今年も昨日日帰りで墓参りに行ってきた。
両国発の汽車は京葉線東京発のさざなみ号に変わり、千倉駅はコンクリート製の駅舎に変わり、バスから眺める景色も少しずつ変わった。コンビニエンスストアができ、ラーメン屋が増え、前近代的なこの町に不似合いなペンションなる宿泊施設がそう違和感をもたずに存在していた。バスのなかも長いこと東京で生活している帰省者や旅行者が増えた。そのせいか純粋地元のおばあさんが乗り込んでくると思わず自分の祖母か伯母かとハッと目を見張ってしまうのである。電車もバスも心なしか南房総の方言を聞くことが少なくなったような気がする。
ああ、それにしてもパリに行きたい。
まあ、パリじゃなくてもいいんだけど(むしろパリじゃない方が好きだったりするんだが)、リヨンでもナンシーでもサン・マロでも実はどこでもよかったりするんだけどね。ヴァカンスシーズンの、日が長くて、空気が乾いた天真爛漫な季節のフランスならどこでもいいから行ってみたいんだよね。
玉村豊男は雑誌のコラムなどで拝読するのだが、一冊まるっと読んだことはなかった。
写真などで見る限り、とても都会的なインテリジェンスを感じるのだが、文章もご多分に漏れず洗練されていて、ウィットに富んでいる。こういうのをエスプリっていうのかな。
この本に関していえば、まずは着眼点が素晴らしい。観光ガイドでなく、街を楽しむ本というスタンスに徹している。このことがなによりうれしい。パリに行くなら、こうした旅行にしたいなあ。

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