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25 décembre 2009

齋藤孝『偏愛マップ』

高校の先輩が埼玉で歯科医をしている。
ずっと以前に猛烈な歯痛で駆け込んでからというもの、東武線に乗ってときどき治療に出かける。
先輩である先生はそのころようやくパソコンをいじるようになり、ひょんなことからぼくがパソコンに詳しい後輩だとレッテルを貼ってしまった。それからというものことあるごとに携帯電話が鳴る。エクセルで線を引くにはどうしたらいいのかとか、セルの中で改行するにはどうしたらいいのかとか。ワード、エクセルのヘルプをクリックするとぼくに電話がかかるように設定されてでもいるかのように。
実はぼくも仕事で使うアプリケーションはPhotoshopやIllustratorだったから、正直最初はとまどったのだが、パソコンの画面を見ながら先輩の質問に答えているうちにワードやエクセルの使い方がわかってきた。人に教えるというのはなかなか勉強になる。
先輩はどちらかというと自ら進んでで勉学に励むタイプではなかったと聞いている(聞かなくてもじゅうぶんわかる)。おそらく高校生時代から誰かに聞けばいいや的なお気楽スタイルを貫いていたのだろう。そのせいか、妙に質問が上手い。先輩のわからないことがよくわかるのだ。世の中には質問下手が多くいる。何を訊ねたいのかわからない人。その点先輩先生はなかなかの才能の持ち主である。

齋藤孝は教育学者であり、かつコミュニケーションの発明家である。
読書論あり、日本語論あり、思考法ありとその著作は多岐にわたるが、基本は身体論をベースにした教育方法論とでもいうべきか。
ぼくが学生時代(恥ずかしながら教育学部だった)にはこんな先生はどこを探してもいなくて、それだけでも今の学生さんたちは楽しいだろうと思ってしまう。もちろん同じようなテーマで教育学やコミュニケーション論に取り組んでいた先生もいたのだろうが、齋藤孝ほど明快な主張を展開できるものはいなかったのではないか。氏の優れた点はネーミングだったり、キャッチフレーズだったり、言葉を支配していることだと思う。
礎となる理論と言葉をあやつれる自在性があって、はじめて発明ができる。才能と汗だけではないと思う。

今年の本読みはこれでおしまい。
年末年始はあわただしいから読んでもあまり身にならない。ふだん読んでるものが身になっているかといえば、そうでもなく、たぶんあわただしいから読まないんじゃなくて、あわただしいから人は本を読むのではないかとも思う。
あわただしくないときは列車に乗って旅をするに限る。
では、よいお年を。

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