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18 janvier 2010

大江健三郎『水死』

ときどき夢を見る。
昔から夢を見ることはあったが、たいていの夢は目が醒めるとすぐに忘れてしまうか、内容を表現できないことがほとんどだった。最近、夢が記憶に残っているのは同じような夢を何度も見ているせいでその蓄積を記憶しているのかもしれない。
旅に出る夢が多い。突然、出張を命じられてとか、思い立ってアメリカに行くことになり、スーツケースを下げて空港に行く。空港近くに遊園地があって、大きな観覧車がまわっている。空港に着くとスーツケースもろともダストシュートのようなトンネル内の斜面を滑らされ、気がつくと機内の人になっている。あるいはブルートレインでどこかに出かける用事ができる。どんな用事かはわからないけれど用事があるのだから“阿房”な旅ではない。乗るのはほとんどいつも3段式のB寝台の最上段で天井が迫っているぶんものすごく圧迫感がある。で、どこに着いたもわからぬうちに眠ってしまうか目が醒める。不思議なものだ。

大江健三郎は洪水の月夜にひとりボートを漕ぎ出して水死する父親の夢をよく見ていたそうだ。
『水死』は『万延元年のフットボール』や『洪水はわが魂に及び』などにつながる四国の谷が舞台。これまでの翻訳調の文体ではなく、短く平明な文章で語られているのが新鮮だった。
ぼくの母も大江健三郎とほぼ同じ世代で、ふたつの昭和を生きてきた。戦争の時代と復興・平和・繁栄の昭和と。かつて当たり前のようにいて、昭和という激動の時代を支えていた人たちも今となっては高齢化社会の主役として少数派になりつつあるのだなと思った。

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