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24 mars 2010

池波正太郎『むかしの味』

母方の伯父が建築設計師だった。
家は赤坂の丹後町にあり、主に飲食店の設計をしていた。昭和初期に生まれた人の気質なのか、ふだん温和な人なのだが、短気をおこすともう取りつく島のない人だった。
子どもの頃、いとこたちと六本木の交差点に程近い、伯父の設計した中華料理店に行った。お店の人からすれば伯父は“先生”であり、ぼくたちも丁重にもてなされたのだが、その日はおそらく混んでいたのだろう、いつにもまして料理の出るのが遅かった。子どもたちはさぞお腹を空かしているのだろうと思っていた伯父は突然、「まだなのか!」と今の言葉でいう“キレた”状態になって、しまいには店を出るという。お店の人がなんども詫びを入れたが、そんなものには見向きもせず、ぼくたちはその店を出た。
ここまではよく思い出すのだが、実はそれから後のことをまったく憶えていない。別の店に行ったのか、あるいはやはり店を出るのをやめて(伯母さんかぼくの母が思いとどまらせて)、そこで鶏煮込みそばを食べたのか。伯父の剣幕におされて、記憶喪失になったかのようである。
池波正太郎の食べ物エッセー。
この手の本を読むとすぐに煉瓦亭とか新富鮨とかいっちゃう人がいるんだよね。そういう目的意識をもって「わざわざ食べに行く」という行為はあまり好きではない。なにかのついでにとか、近くまで来たのでたまたま思い出して立ち寄るというのがよい。この本は著者の思い出を食べ物に絡めているからおもしろいのであって、そこで紹介されているものを食べればよいというものでもあるまい。
自分にとっての名店にいかに自らの思い出をつなぎとめるかがだいじなわけでこの本はそういった指南書ではないかと思っている。
ぼくにとっての鶏煮込みそばは忘れらない“むかしの味”である。

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