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01 décembre 2010

村松友視『黒い花びら』

水原弘といえば、昭和40年代少年の世代には「ハイアース」のホーロー看板である。アクの強い視線を街中に投げかけながら、商品を手にうっすら笑っている和装の水原弘(にっこり笑っているバージョンもあったっけ)。今でもぼくの両親の実家がある千葉の白浜や千倉では目にすることができる。
新進気鋭の永六輔、中村八大と組んだデビュー曲「黒い花びら」は第一回の日本レコード大賞受賞曲。まさに一瞬にしてスターダムにのし上がった男だ。その後大ヒットから遠ざかり、酒におぼれ、借金をかかえ、博打に手を染め、破滅の道を歩んでいく。そして再起をかけ、川内康範、猪俣公章コンビによる「君こそわが命」で劇的なカムバックを遂げる。おそらくぼくらの世代がリアルに見た水原弘はこの曲からだろう。が、水原弘は多くの協力者たちを尻目にさらなる破滅の道を選んでいく。
それにしても村松友視という人はおかしなところに目を向ける作家である。トニー谷しかり、力道山しかり、大井町の骨董屋しかり。アウトローを追いかけているのではなく、一般人とアウトローの境界あたりにいる人を描くのが巧みだ。水原弘は世間一般の価値観である“昼の論理”で見てはいけないと筆者はいう。天文学的数字にまでふくれあがった借金をかかえ、破滅に向かって血を吐くまでステージに立ち続ける“夜の論理”に生きた男である。それでいて家族に向ける、不思議にやさしいまなざし。
フランス映画にあるような、貧困の時代からスターダムへのし上がり、そして放蕩から破滅に向かうヒロインが奇跡的なカムバックをとげたにもかかわらず、その後世間から敵視され、不遇な晩年、そして悲惨な死を遂げる、そんなドラマティックな生涯がぼくたちが少年時代に親しんだホーロー看板の向こう側にあったなんて。
なかなかの力作である。

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