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23 avril 2011

吉村昭『関東大震災』

Ryogoku
JR総武線を下底に蔵前橋通りを上底にして、隅田川と清澄通りにはさまれた台形のゾーンには東京の災害の歴史が集約されている。
両国駅の北側には国技館と江戸東京博物館が並び、その図形に安定感を与えている。国技館の先にあるのが旧安田庭園。東側の辺に位置する日大一高と対称をなす。さらに北に行くと安田学園が横網町公園と向かい合っている。
横網町公園には東京復興記念館や東京都慰霊堂があり、関東大震災、東京大空襲による下町の痕跡を現代にとどめている。高校時代になんどか安田学園を訪れたことがあるが、その右手に広がる公園はいつも木々が鬱蒼と生い茂っていて、陰鬱な印象があった。子どもの頃、毎年夏休みを千葉の千倉で過ごしたぼくにとって、両国は東京と田舎の境であり、もとより神秘的な町だったからなおのことだ。
吉村昭でもう一冊。
先の東日本大震災は規模の大きい地震に加えて、津波と原子力発電所の被災が災害を巨大化している。ふりかえって大正12年の関東大震災では火災が大きな要因となった。それもその日の気象状況がかなり影響している。おそらく前線の通過があったのか、ただでさえ燃え広がりやすい東京の下町に大旋風が巻き起こったというのだ。
また今回の震災でも再三取り沙汰されている風評被害であるが、コミュニケーションツールが未発達であった当時も同じようにあって、悲惨な事件の犠牲者が続出した。さらに下町は地盤が弱く、山の手は比較的固いことも含め、当時も今も日本という国も日本人もそう大きく変化を遂げていないことがよくわかる。
地震を科学する試みは古くから積み重ねられている。人類はいつの日か地震を乗り越えることができるのだろうか。

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