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25 septembre 2011

安西水丸、和田誠『青豆とうふ』

安西水丸は大学受験の年の正月、半紙に毛筆で「東京芸術大學」と「日本大学芸術学部」と書き、どうみても後者の字面がいいので芸大ではなく日芸に進学したという。
また、本来広告制作を生業とするのであれば博報堂に行きたかったとも語っている(出展は定かではないので人から聞いた話程度に思ってほしい)。どうして電通を選んだかというとどのみち辞めてフリーランスになるのだから、元博報堂より元電通のほうが断然いいのだ、みたいなことも言っていた(これも出展は明らかではなく、知人に聞いた話程度に思ってほしい)。
電通退社後、ニューヨークに渡り、帰国時ヨーロッパをまわって、羽田に着いたときには財布にお金が全然なかったという話も聞いたことがある。ただその翌日の新聞求人欄に平凡社の募集があり、エディトリアルデザイナーとして採用され、嵐山光三郎と出会う。この辺の経緯も実に計算されていたかのように安西水丸ブランド育成に大いに寄与している。
村上春樹とのコンビもしかりだが、安西水丸はその人がらのせいか、行くところ行くところでいい出会いに恵まれ、こう言っちゃ何だけれども、もしかするとイラストレーターとしての才能以上のものを持っている。
「キネマ旬報」に和田誠が「お楽しみはこれからだ」、水丸が「シネマストリート」を連載していた頃から、ぼくはどうしてこのふたりはコラボレーションしないのだろうと思っていた。もちろん和田誠は日本のイラストレーターの中でも別格の人だから、水丸にとっては雲の上の人だったのかもしれない。
でもよかった。それからしばらくしてふたりのコラボがはじまったから。
昇さん、こんど和田さんのサインもらってきてくださいよ。

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