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11 janvier 2013

稲田修一『ビッグデータがビジネスを変える』

20130106
昔、本を読み終わると見返しあたりに日付を書いていた。ところが読み終えてから再読するなどしない限り、そんなものは忘れてしまう。ということで何年何月に読み終えたかくらいは別途ノートに記しておこうと思った(たぶん)。そのノートが先日見つかった。
最初の記録は《1978-7 勝田守一編 『現代教育学入門』》とある。大学入学以降、そんなことをはじめたことがわかる。というか、中学から高校にかけてはほとんど本を読まなかった。小学校の頃は人並みに伝記や怪盗アルセーヌ・ルパン、宝島、十五少年漂流記くらいは読んでいたが、それ以降大学生になるまでおそらくは夏休みの課題図書以外に本を読んだ記憶がない(課題図書ですら読んだかどうか)。そういった点からすると大学入学以降取りはじめた記録はほぼ生涯の読書記録の原点であるともいえる。と同時に、これだけ読書と無縁の人間をすんなり受け容れた当時の高等教育機関もたいした度胸だったと言わざるをえない。
ノートのままスキャンして保存しておこうかとも思ったんだけど、誤記もあるかもしれないのでキーボードを叩いてテキストデータにすることにした。記録してあるのは年月と著者名、題名だけだ。あやふな書き方をしているものもおそらくあるだろうし、今ならグーグルなどで検索すれば正確なことが簡単にわかる。
はじまりは1978年7月だが(大学に入って1冊も本を読まずに3カ月、僕は何をしていたんだろう)、最後は《1986-11 カート・ヴォネガットJr 『ガラパゴスの箱舟』》となっている。新宿御苑にほど近いテレビコマーシャル制作会社にもぐり込んだのが1986年だから、一応働き出してからもそれなりに記録を残していたのだ(たしかにその年から読書量が激減している)。
書き写していておもしろいと思うのは当時目茶苦茶に読んでいたつもりなのに、流れで見てみるとそれなりに自分の中でブームがあったんだということがわかることだ。大江健三郎ばかり読んでいたころがあったり、ルソーとロマン・ロランだけ読んでいた2ヵ月があったり。きっと小学生のころからずっと記録していたらちょっとした自分精神史になったかもしれない。これは一個人のスモールデータに過ぎないのだが、僕自身にとってはビッグデータといえるのではないだろうか。
この本でいうところのビッグデータとはちょっと違うんだけど。
読書記録はその後1992年に読書感想文を書こうと思い立って復活した(もちろんすべてではなく、書けたものだけ記録に残っている)。以後ブログや最近ではソーシャルメディアに記録を残している。最近の読書記録は振り返ってみてもおもしろくない。ソーシャルという枠組みがおもしろくないのか、読んでいる本がおもしろくないのか、はたまたまだまだ熟成が足りないのか。 

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