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24 mars 2013

村上春樹『アフターダーク』

Jinguyuyake
安田学園とは少なからぬ縁を感じている。
高校時代バレーボールの大会前に各支部ごとに(東京は4支部にわかれていて千代田区は第2支部だった)代表者会議なるものがあり、要は組合せの発表があって、公式戦に向けて簡単なルールの説明が行われるのだが、その会場校が両国にある安田学園だったのだ。
それから15年ほどして、CMプロデューサーのフジちゃんと知り合った。
とある夏の日の昼前、フジちゃんはひょっこり僕の仕事場に顔を出し、ちょっと近くまで来たんで寄ってみたという。てっきり昼でもいっしょにと誘いに来たのだとばかり思っていたら、これから息子の試合を観に神宮球場に行くんだという。そそくさと引き揚げてしまった。
フジちゃんのご子息テツは安田学園の野球部だった。その年はたしか東東京大会のベスト4まで進んだと思う。
その後しばらく安田学園は低迷する。ジャイアンツの阿部慎之助もこの頃の選手である。フジちゃんと飲みに行っても最近安田学園パッとしないよね、などと話していた。テツは肩だか肘だかを壊して、野球をあきらめ、その後めざしたプロゴルファーの道もあきらめてしまったが、今は茨城のゴルフ場で元気に働いているという。
昨秋、安田学園、悲願の都大会優勝というニュースが飛び込んでくる。秋季大会を勝つということは選抜出場決定ということだ。思わずフジちゃんに電話した。来年の春は絶対甲子園に行こう、と。
仕事にかまけていたら、いつしか選抜ははじまっていて、二日目第四試合が安田学園対盛岡大付だった。
村上春樹の小説は全部読んでいるつもりだったが、この本だけはどうしたわけか読み逃していた。昨年、『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011』を読んでそのことが発覚したのだ。
はじめての甲子園で安田学園は好ゲームを見せてくれた。9回土壇場で同点に追いついた。興奮した。残念な結果に終わったが、フジちゃんもテツもいい夢を見ただろうか。

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