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05 mai 2014

川本三郎『ちょっとそこまで』

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春センバツはぜひ甲子園で観たいと思っていた。
その前日、突然の訃報が届いた。イラストレーターである叔父が脳出血で亡くなったという。
甲子園で都立小山台高校の試合を観戦したら、その翌日は父の墓参りに南房総に行こうとバスの予約もしていた。電話をくれた母も何度となく信じられないと繰り返していた。
叔父は最初に勤めた広告会社を4年で辞め、ニューヨークに旅立った。69年の3月27日の日曜日である。
なんでそんな細かいことを憶えているかというと当時子どもたちに人気のテレビ番組「ウルトラQ」の日だったからである。それも前の週の予告でガラダマが東京を襲うというのである。ガラモンが東京を焦土と化すというのにパンアメリカンの航空機でアメリカへなんか行けるわけがない。
出発は夜だった。なにせ当時、昭和40年代なかばの渡航だ。東京じゅうの親戚が叔父を見送りに行くのだ。ガラモンの登場まであとわずかというところで僕はテレビの前から引きはがされ、羽田へ連れて行かれてしまった。
羽田空港は当時出国する人と最後にことばを交わせるように刑務所にある窓みたいな、穴を穿った厚いアクリル板があって、そこでみんなが叔父にさよならを言うのだ。もちろん僕もさよならを告げた。涙があふれた。それはガラモンを視ることができなかったくやし涙だった。
川本三郎の若かりし頃(といっても40を越えているけれど)の紀行文。
随所に若さが読み取れる。歩きに力強さが感じられる。
そういうわけで48年後の3月春の日、叔父を見送りに行ってきたのだ。

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