展覧会・催物

14 juillet 2010

オルセー美術館展2010

仕事場でとっている日経新聞のチラシのなかに新聞販売店のアンケートが挿し込まれていて、適当に答えてFAXするだけなのだが、回答者のなかから抽選でオルセー美術館展2010のチケットが進呈されるという。ちなみに返答すると数日後、日経新聞販売店の人がチケットを持ってきてくれた(ここのところ、小さいことに関しては運がいい)。
そんなわけで昨日がはじめての国立新美術館。
前回オルセー美術館展を観たのは上野、東京都美術館だったような気がする。そのときは写真や陶器、彫刻などさまざまな展示があり、メインの絵画はエドゥアール・マネの「ベルト・モリゾ」だったような…。
今回は特にこれといった大物はなかったように思う。アルルのゴッホの部屋とか、ゴーギャンの自画像とか前回来日した絵も多かった。強いてあげればゴッホの自画像、スーラの点描画の何点かが印象に残った。
しかしながらなんといっても観てよかったと思うのはセザンヌの「ラ・モン・サン・ヴィクトワール」だ。大きな絵ではなかったけれども、3年前カンヌからアヴィニヨンへ向かうTGVの車窓からほんの一瞬だけで見たヴィクトワール山の姿を思い出したからだ。人間の記憶とは不思議なものでほんの一瞬でも印象に残ったものは一定期間、あるいは永遠に(もちろん体感的にではあるけれども)記憶できるものだ。
美術館を出たら雨が上がっていたので、昔伯父の住んでいた三河台公園のあたりを蒸し暑いなか散策してみた。大きなマンションが建ち並び、当時にもまして日当たりの悪くなった俳優座の裏の細道から六本木通りへ出て、南北線の六本木一丁目駅まで歩いた。

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17 juillet 2009

ゴーギャン展

夏の暑さのうち、梅雨明けから、8月にかけてがいちばん暑いと思う。
気温的にはその後、8月上~中旬高校野球の始まるころがピークなのかもしれないが、今時分の暑さは暑さに勢いがある。暑くなることになれていない“暑さ”がまだ未成熟なゆえに、力を発揮し切れていない、でもやはり無限のポテンシャルを秘めている、といった暑さだ。
そんな暑いさなか、タヒチの自然にふれあおうと竹橋の国立近代美術館で「ゴーギャン展」を観る。
今回の目玉はボストン美術館所蔵の「我々はどこから来たのか我々は何者か我々はどこへ行くのか」の公開だろう。

  D'ou Venons Nous
  Que Sommes Nous
  Ou Allons Nous

という左上隅に書かれている仏語の文字の印象もさることながら、すみずみにまで仕掛けられたゴーギャンの意思を感じさせる奥行きの深い絵だった。ここまでくると絵画は平面表現ではなく、むしろ立体造形物といえるのではないだろうか。
なんて思ったりして…。

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12 juin 2009

TCC広告賞展2009

高見山の東関親方が定年ということで、マスコミで連日のように取り上げられている。高見山といえばぼくたちの少年時代にはもっともアイドル的な力士だ。当時NHK解説者玉の海、神風らから再三のように腰高、下半身のもろさを指摘され、結局関脇止まりだったが、それでも大相撲の世界で果した貢献は大きい。
ニュースでは相撲人気を盛り上げた力士、曙、高見盛など育てた親方、それに何にも増して、遠く異国ハワイから単身高砂部屋に入門し、慣れない環境、ましてはどこよりも厳しい角界で、日本人以上に日本の心を育んだ先達として、外国人力士がこれほどまでに増えた現在の相撲界のパイオニアとして賞賛を浴びせている。
もちろんこれら東関親方の足跡は多大な評価を受けてしかるべきだが、ぼくが何よりも高見山に偉大さを感じるのは65歳の定年まで健康で相撲道を貫き通したことだと思っている。とかく、力士はその見かけに比べ、怪我や病気にもろい。高見山は現役時代から故障に強かった。休場もごくわずかだった。その力士時代に学んだものを親方になってからも自らに課し、大きな病にかかることもなく、定年まで寡黙に後進の指導にあたることができたのではないか。
以上はTCC広告賞展とはなんら関係のない話だ。
上記展示が13日までの開催と聞いて、あわてふためいて汐留のアドミュージアム東京に出かける。
昨年はオリンピックイヤーで広告的には盛り上がった1年だったと思うのだが、そのわりには表現的にはいまひとつだったような気がする。前回同会場で開催されていた『中国国際広告祭展』にも同じような印象を持った。
獲るべき作品が順当に受賞し、切磋琢磨がなかったんじゃないかと思えるほど、強い作品とそうでない作品ときちんと線引きされたみたいだ。広告表現の世界も格差社会なのか。
新人賞の作品で見た九州の質屋ぜに屋本店のTVCMが秀逸だった。彼女の誕生日を前に部屋の中の質草が思い思いに語り始めるというもの。ちょうど『罪と罰』を読んでいたせいもあるかもしれないが、妙に感慨深かった。最後の腕時計の台詞がいい。

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04 juillet 2008

アドフェスト2008展

汐留アドミュージアム東京。

危うく行きそびれるところだったアドフェスト展。昨日なんとか時間をやりくってTV部門を中心に見た。
アジアのCMは、ここ何年か、ものすごくパワフルだ。インドやタイのCMがカンヌで上位に入賞したりして、勢いを感じる。そんな中、日本の作品にもある意味、勢いが戻りつつある。
ここのところ国際的な広告賞では常連となりつつあるエステワムのBeauty Bowling(Silver)などは、これまで以上にハチャメチャだ。カルピスソーダのThe Kind Boy(Blonze)あたりは日本的なギャグかと思えるが、サントリー胡麻麦茶のFireman(Blonze)あたりになるとかなり東南アジアな発想といえるだろう。いずれも商品と広告メッセージをできるだけ薄く繋ぎとめることで表現の自由度を増している。
日本の2作品がGoldを受賞したが、一本はリクナビの山田裕子の就職活動篇。リクルート学生をなぜかスポバで応援するサポーターがいて、そのばかばかしさと熱さが絶妙に面白い。
もうひとつはマクセルのDVD。記憶にとどめておきたいことはマクセルのDVDでという一連のCMシリーズの中のバリエーション。廃校となる小学校のカウントダウンを映像にとどめるというドキュメンタリータッチの佳作。
都市化=農村の過疎化に加え、少子化という現代日本の問題を見事に浮き彫りにして見せており、そんな社会性のあるメッセージが審査員にも届いたのだろうか。とはいうものの、こうした問題提起はCMでできても、それらの解決に向けて、CMは何ができるのだろう。広告ってまだまだ無力のような気もするのだ。

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29 mai 2008

TCC広告賞展2008

汐留アドミュージアム東京。

今年のTCCグランプリは、ソフトバンクモバイルのTVCMだった。このCMは奇想天外で、かつどこまで話が展開していくのか予測できず、絶えず視るものに期待をもたせている。他にも骨太な企画はいくつかあったが、こうしてTCC賞の一覧をながめるとまさに圧勝という感じがする。
TCC賞のなかでは黄桜の「江川/小林」篇。当時をライブで知る世代にはさまざまな思いを去来させるシリーズだ。秒数や演出による制限が少ないグラフィック広告が特にすぐれていると思う。ターゲットを絞り込んで、深くコミュニケーションするシャープな広告だ。あとは全般に言葉が巧みに表現の真ん中にすえられている佳作といえる。
新人賞は昨年ほど、とびっきりすごい、と思えるコピーはなかったように思う。なにせコピーライターが決めるコピーの賞ということなので、一般人の感覚でながめていると、なんでこれが、と思えてしまうものもあるにはあるんだが、概して今後に期待できる才能が選出されたというところか。強いてあげるならばプライムの企業CM「駅」篇。コピーライティングの枠組みを超えた企画のおもしろさが光った。それとマクドナルドの「AM1:47のお客さま」篇。あの女性従業員には残業代がちゃんと支払われているだろうか、などと余計な心配もしたが、つくり手の人柄がよく出ている広告だと思う。
帰りに銀座まで歩いてよし田でおかわりつき天せいろを食べた。

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09 mai 2008

東山魁夷展

東京国立近代美術館。

1981年、やはり同じ国立近代美術館で東山魁夷を見た。当時は気にもつかなかったことが四半世紀以上の時を隔てて気になる。いずれ当時も今も芸術に関してはもちろん、ありとあらゆる世の中の万物に関して不勉強であることには変わりはないのだが。
東山魁夷のすごさは、そのシンプルさにあると思う。
絵画として、突出した個性的な作為を決して描かない。私の画風はこうだから、必ずこう描くのだ、という安っぽいこだわりがない。森の泉にたたずむ白馬でさえ、まるでそこにいたかのように描かれている。だから、東山魁夷の絵を見るということは、彼が実際に目にした風景を眺めるのと限りなく近い体験ができるということだ。そして色合いの微妙さ。これは銀写真でも印刷でもおそらくは再現不可能な光の表出だ。いかに彼がピュアな目を持っていたかの現われだろうと考える。
そういった意味では東山魁夷のとらえたヨーロッパの街並みは路地裏で売られている絵葉書より、はるかに忠実で、しかも奥ゆかしく、その乾いた空気と光をみごとに再現している。

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08 mai 2008

第14回中国広告祭受賞作品展

汐留アドミュージアム東京。

中国広告祭の受賞作品はここ数年見ている。
アイデアがとても新鮮でピュアだ。日本でこんなにクリアなクリエーティブを見せてくれるのは広告制作者の若手や学生の登竜門である朝日広告賞や毎日デザイン賞くらいなものだと思えるほど若々しさと勢いがある。
実は毎年そう思って見ていたが、今年はちょっと違う。オリンピックイヤーという意気込みがやけに空転しているように思えるのだ。
広告表現としてちょっと頭がよすぎる広告が増えている。頭のいい広告は好感を持たれるが、よすぎる広告はいかがなものか。テレビCMでいうと余計な駄目押しが不快だ。
たとえばケンタッキーの海老フライ。ふたりの釣り人。後から来た釣り人は傍らにケンタッキー海老フライを置く。すると魚がそこをめがけて飛び込んでくる、ここまではいい。ぶらさがり的についているはじめから釣りをしていた人がそのことに気づいて今度は自分が海老フライをえさにバケツを持ってかまえるカットがある。いわば田中に株あり的ないかにも漢文的な落ちなんだが見ていてうざい。
インスタントラーメンを食べることによって小学校に寄付行為が行われ、そこからオリンピック選手が生まれるかもしれないという公共広告も、まあよくはできているんだが、だからどうしたって感じかな。日本もオリンピック選手をかっこよく映像にするだけのがんばれCMばかりで自慢はできないんだが。
ともかく今年の中国広告祭はオリンピックというちょっとしたイベントが本来とてもいきいきしている中国クリエーティブをややこしい大人にしてしまっている。

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17 août 2007

昭和の広告展

アド・ミュージアム東京で開催されている昭和の広告展を見る。
一連の構造改革で格差社会の到来といわれ、その是正が政治的なテーマになっている。そんな目線で昭和初期の広告をながめていると広告は、消費を刺激し、商業を活発化するだけではなく、都市文化を地方に伝えていく、拡げていくという貴重な役割を負っていたことが実によくわかる。やがて戦争を迎え、広告も冬の時代を迎えるのだが、その復興とともに、新たな表現技術を身につけていく広告コミュニケーションの生命力をも俯瞰して見ることができるのがこの企画展の素晴らしいところだ。
よく広告は時代を映す鏡だといわれるが、たしかにその通り。昭和モダンの時代には豊かさと繁栄を誇示し、戦時体制では時の権力にひれ伏し、復興期には希望を与える。広告はリモコンで動くロボットのようなもので、その作り手、受け手に応じて変幻自在に姿かたちを変える。
実はそれが広告制作の難しいところでぼくたちは日頃どうやって今という時代を、あるいはほんの少しだけ先の生活を描いていこうかと四苦八苦しているわけだ。そういった意味からすれば、昭和の広告も平成の広告もその生まれいずるエネルギーは同一のものなのであり、歴史を振り返って見るとき、そこには何がしかの原点ともいうべき基礎を垣間見ることができるのだと考える。

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18 juillet 2007

第60回広告電通賞展

汐留アドミュージアム東京。

アド・ミュージアム東京で開催されている第60回広告電通賞展に行く。
今年の総合広告電通賞は角瓶の新聞広告、響のポスターで広告電通賞、オールドのラジオCM、TVCMで最優秀賞を獲得したサントリー。優秀賞にも名を連ねた缶コーヒーBOSSや黒烏龍茶も含め、トータルで資生堂や松下電器産業を上回った形だ。
電通賞は古い歴史を持つだけでなく、新聞、雑誌、ラジオ、テレビ、セールスプロモーションはもちろんのことインターネット部門や公共広告部門、地域部門と広告表現のあらゆる側面からこの1年を見渡せる貴重な賞である。広告制作に携わる人が審査にあたる広告賞とちがって、表現技術だけにかたよらない姿勢が思わぬ発見をさせてくれることもある。
たとえばテレビ部門の広告電通賞はリクルートのリクナビ、山田悠子の就職活動篇で、これはTCC賞にも選ばれているCMであるのだが、他の、エステWAMやコナミのウィンイングイレブン、高橋酒造白岳のような国際的にも評価を受けたCMを凌いで受賞している。もちろんややもすればサントリー、資生堂、松下など大広告主に高い評価を与える傾向は否めないものの、広告表現や企画力だけでなく、表現の送り手である媒体関係者や受け手である消費者の視点、さらには広告の社会的な役割などについて総合的に評価を下しているのがこの広告賞の素晴らしい点で、広告の可能性、広告表現の可能性をきわめて良心的に評価していく場なのだと思う。

去年も天候に恵まれ、いい広告がたくさんできました、みんなでひとつひとつ見て、明日のぼくたちの糧としましょうというメッセージが会場から伝わってくる日本で唯一の広告賞といっても過言ではないだろう。

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13 juin 2007

アドフェスト2007展

汐留アドミュージアム東京。

アドフェストがはじまって10年。その爆発的なクリエーティブがカンヌなど西欧の舞台でも評価され、いまやクリオ賞と並ぶプレカンヌの様相を呈してきた。
今年も3月タイのパタヤで開催され、その入賞作品がアド・ミュージアム東京で紹介された。
TVCMのグランプリにあたるTHE BEST OF TV LOTUSはトヨタ自動車の企業広告Humanity。これは昨年のカンヌでも高い評価を得たので多くを語る必要はないだろう。
今年際立ったのはインドのHappydent Whiteという歯を白くするガムのCM。アイデアとしてはありがちかもしれない、歯の輝きで暗闇をも照らすというもの。ゴールドを受賞した。おそらくはそのスケール感とかばかばかしさが評価されたのだろうが、ぼくは階級差別的な後味の悪さが気になった。神経質になりすぎているだろうか。
毎年突飛なアイデアで驚かせてくれるタイのCMではShera Flexy Boardという天井材がシルバー、小銭も払えるSmart PurseというショッピングカードのCM、そしてさがしものはYellow PagesでというCMが同じくシルバーだった。昨年のグランプリSmoothEも残念ながらシルバー。昨年一昨年ほどのパワーはなかったという印象だが、着実に上位入賞作品の常連になっている。
トヨタ、Happydent Whiteともうひとつのゴールドがオーストラリアの公共広告。子どもは大人を見ていて、その真似をしますよというCMでキャッチはChildren See,Children Doという恐怖訴求もの。
日本からの出品では高橋酒造の白岳15秒が12本シルバーに輝いた。15秒のシリーズはいかにも日本的だ。もうひとつソニーマーケティングのウォークマン/ネットジュークがTHE BEST OF EDITINGを獲得している。
今年は昨年のワールドカップに連動したNIKEのCMなどオーストラリアの躍進が目立ち、アジア的な広告と欧米的な広告が競い合うかたちになったように見える。アジアの広告が今後さらに世界の広告としのぎを削るためには、あまり欧米に引きずられることなくアジア独自のスタイルを突き進んでいくことが大切だと思う。

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