日本の小説

15 juin 2014

池井戸潤『ルーズヴェルト・ゲーム』

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昨年はじめて都市対抗野球を観に行って、社会人野球もおもしろいものだと思った。
というわけで今年は少しだけ、予選も観てみることにした。
テレビドラマ「ルーズヴェルト・ゲーム」の影響ももちろんある。社会人野球の苦悩が中堅企業経営者の苦悩とともに浮き彫りにされたドラマだ。ということでさっそく原作も読んでみた。
池井戸潤は『下町ロケット』が話題になったときから読みたい作家のひとりであったが、縁がないというか、読みたいと思ったときに読みそびれるとだんだん遠のいてしまう。そうやって数々の名作を僕は読まずにやり過ごしてきた。
今年も都市対抗野球の代表が選出された。昨年の都市対抗野球まで王座に君臨していたJX-ENEOSが昨秋の日本選手権で新日鉄住金かずさマジックに敗れてから、どうもパッとしない。スポニチ大会、JABA静岡大会はともに決勝トーナメントに進めていない。昨年ほどの勢いがない。先日観たのは西関東第一代表東芝との壮行試合。1-5といいところなく敗れた。
前年度優勝チームなので推薦枠で本大会に出場できるが、予選から戦っていたらどうなっただろうか。
東京の第一代表決定戦はJR東日本対NTT東日本。日大三、明治を経て関谷亮太がJRの新戦力としてオリックスにドラフト1位で指名された吉田一将の抜けた穴をじゅうぶんカバーしている。JRには片山純一という頼れるもう一枚がいる。本大会でも優勝候補といえそうだ。にもかかわらず、勝ったのはNTT東日本。これだから野球はわからない。
原作の青島製作所のモデルは鷺宮製作所だとささやかれているが、作者も実際に取材に行ったという。鷺宮製作所は今年は二次予選で早々に敗れ去ったが、社会人野球としては歴史がある。現チームには早稲田時代の2010年春に首位打者とベストナインに輝いた渡辺侑也がいる。
今年もチャンスがあれば東京ドームに行ってみようか。なんといっても涼しいのがうれしいのだ。

※長きにわたりこのブログをご愛読いただきありがとうございました。
本ブログは今月を持って更新を止め、以後はこちらに引っ越すことにいたしました。
引き続きよろしくお願い申し上げます。

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09 mai 2014

村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の旅』

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ついこのあいだまで映像はフィルムやビデオテープに収録していた。完全に過去形なわけでもなく、今でも35ミリフィルムで撮影したり、HDならビデオテープに収録することができる。
昨年、オリンピックの東京招致が決まった。7年後のテレビの規格は現在のHDをはるかに上まわる4Kになるだろうとささやかれている。つまり現在のHD(2K)サイズ1920ピクセル×1080ピクセルから各辺その倍の3840×2160になるということだ。より精細で美しい映像を家庭で視ることができる。
すでに4Kの規格で撮影、収録のできる撮影機材は多く出回っていて、テレビ番組やコマーシャル制作の現場では使用されているという。映像の未来は明るく、きめ細かいのである。
先日映像制作のセミナーに参加して、4K時代の制作工程がどう変わるか話を聞いた。
撮影機材がいちはやく普及したものの、4Kのスペックをフルに活かしきるモニタがまだなかったり、一気に制作プロセスが変わるところまでは至っていないのが現状のようだ。それと4K制作がポピュラーになるためには収録データをどう管理していくという問題もある。データ量が現在のHD規格の128倍になるというのだ。
HD収録は初期の頃はテープだったが、最近ではコンパクトフラッシュなどの電子的なストレージやハードディスクを使用している。仮に収録データの総量が1TBだとすると4Kでは128TBになる。今までストレージ間でコピーしたりネット経由で伝送したりするのに1時間かかっていたとしよう。その手間を考えるとちょっと気が遠くなる。もちろんデータ量が増えれば、合成や編集にだってそれなりに時間がかかるはずだ。この先映像制作はどうなるのだろう。
はじめて海外旅行に行ったときは非常に緊張した。近ごろの若い人たちはそんなことはないのかな。
多崎つくるは何ということもなく海外へ旅立つ。それも北欧フィンランド。レンタカーなんか借りちゃうんだ。この物怖じしないところがうらやましい。もちろん鉄道の駅をつくる仕事っていうのもうらやましい。
データ量の件だが、たぶんそのうち500TBくらいのコンパクトフラッシュがあらわれるんじゃないかな。


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26 novembre 2013

芝木好子『隅田川暮色』

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何を隠そう、下町ウクレレ探検隊という不思議な組織の一員なのである(別に隠しているわけでもない)。
あるときは代々木公園でウクレレを練習し、またあるときは下町を歩く(ウクレレに関しては西田敏行のピアノと同じで僕は持っていないし君に聴かせる腕もない)。先月は冬が来る前に川散歩をしようということになり、日の出桟橋から水上バスに乗って浅草吾妻橋へ行った。間近で見る隅田川はまるで海のようだ。水量が豊かで東京の真ん中をこんな大きな川が流れているとは信じられない。不思議な感覚に陥る。
以前浅草に来たときは駒形橋までいったん戻り、川沿いを今戸橋まで歩いた。芝木好子『隅田川暮色』の世界だ。山谷堀沿いに紺屋はまだあるのだろうかと探したものだ。
昔撮ったカラー写真が褪色する。モノクロームの写真がセピア色に変わる。それはそれで風情のあるものだが、最近のカラープリンタで印刷した写真はひどいものだ。あっという間に色が褪せる。今は思い出そのものも昔に比べて軽くなってしまっているのかもしれない。
化学でつくられたものは自然の色彩にはかなわない。昔の人はそのことをよく知っていた。染色とは糸に色をつけるだけではない。歴史に色を残す営為なのだ。そんなことをこの本からおそわった(たいていの書店で在庫のない文庫版を見つけられたのはラッキーとしか言いようがない)。
この本の舞台は池之端から根津、上野、浅草だ。時間が許せばその界隈から歩いてみたいものである。
下町探検隊は吾妻橋上陸後、仲見世、浅草寺、そしてその周辺の商店街を歩く。短くなった日差しの許す限り写真を撮った。あたりが暗くなってきた。せっかく浅草に来たのだからとねぎま鍋の店やおでん屋を覗いてみるが、あいにく満席だったり、定休日だったり。で、結局、浅草寺脇のもつ煮ストリートに迷い込んで生ホッピーにありついた。これはこれで浅草らしい過ごし方だ。
川風が気持ちよく吹いていた。

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14 octobre 2013

西崎憲『飛行士と東京の雨の森』

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文章を書くというのは面倒なことだ。
文で身を立てるような仕事はしていなのだが、文書をつくる作業は日常的にある。自分で書くこともあれば、誰かに書かせてチェックする場合もある。自分のことは棚に上げて、人の書いた文章はなんでこうも気になるのだろうと思う。
たとえば、ある部分では漢字だったのが、別のところでは平仮名になっている。気になる。
会社名が書かれている。それは正しい表記なのか。気になる。
ちなみに「キヤノン レンズ」で検索すると「キャノンではありませんか?」とアラートが出る。これは検索エンジンがわかってないんじゃなくて、圧倒的大多数が「キャノン」で検索するからだ。言葉は多数決の世界だからあながち間違いとは言えないけれど、人様の名前を誤記するのは憚られる。
地名が書いてある。四谷は四ツ谷か、四ッ谷か。御茶ノ水はお茶の水じゃなかったか。市ヶ谷は市谷じゃなかったか。気になる。どうでもいいようなことが気になる。
先日読んだちくま文庫『誤植読本』に校正のルールはきつくしないほうがいいというようなことが書いてあった。たとえば、漢字にするか、開くかは前後の文章から判断して読みやすい方を選べばいいし、それによって読みにくくなる改行、改頁が行われるのであれば無理に漢字で統一したり、仮名で統一したりしないほうがいい。たしかにそのとおりだ。少し気が楽になった。
とある雨の日。会社に行くのに遠まわりをしてみた。四ツ谷駅を出て、迎賓館の方に歩いた。昔の都電3系統が専用軌道に移って、喰違トンネルをくぐり、弁慶橋の方へ坂道を降りていく方向だ(というか都電3系統を出した時点でこの説明はまったくわかりにくくなっている)。今でいう紀之国坂交差点あたりがかつてトンネルのあったところで、上智大学グランド南端(そこに弓道場がある)から弁慶濠北端にかけてこんもりと木が生い茂っている。
ウェールズの少女ノーナが飛行士に出会った森だ。

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10 octobre 2013

『村上春樹全作品 1979~1989〈3〉 短篇集〈1〉』

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この夏、読書量が激減した。
読書量が減るということは単に本を読まなくなることではなくて、読みたい本がなくなることだとなんとなく思った。仕事を中心に日々を送っていると一日が仕事の部分とそうじゃない部分とに比較的単純に二分できる。そうじゃないとき、つまり仕事と非仕事に加えて第三、第四の用事だとか悩みだとかが勃発すると非仕事の時間が削られる。外界に対する興味が失われていく。結果、読みたい本がなくなる。おそらくはこういった図式なのではないかと勝手に思っている。
だからといって読書以外の私的な楽しみがことごとく奪われてしまったかといえばけっしてそんなわけでもなく、カメラを下げて町をぶらつくとか野球の試合を観に行くといったことはあいかわらず続けていた。
野球といえばこの夏東京を盛り上げてくれたのは何校かの都立校だろう。東東京大会では江戸川と城東がベスト8。西東京では都立日野高が次々と強豪を撃破して決勝戦までコマをすすめた。
準決勝対国士舘を延長戦で勝ち、その勢いを駆ってのぞんだ決勝。相手は常勝チーム日大三。公立校が甲子園常連校に勝つ方法はひとつ。序盤の失点を最小限にとどめて、後半必ずやってくるワンチャンスを活かすという戦い方だ。もしそうした試合運びができれば日野高は日大三に勝って西東京代表になるのは当然として、甲子園での勝利という夢にも近づくことができるだろうと思っていた。
特に読みたい本がないときは昔読んだ本を読みかえしてみたり、好きな作家のエッセーをめくることが多い。村上春樹の『全作品』を図書館で借りてきたのは、そこに収められている「中国行きのスロウ・ボート」が初期の短編集からかなり書きかえられていると知ったからだ。枕元に二冊をひろげて、一頁ごと比較対照しながら読んでみた。どうしてここは割愛したのか、描写を変えたのかなどなど考えながら読むとけっこう楽しいものだ。
それにしても日大三は強かった。日野高にめざす野球をさせなかった。

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16 mai 2013

横山秀雄『クライマーズ・ハイ』

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ミラーレス一眼のことをあれやこれやと調べているうちに、シネレンズというムービーカメラ用のレンズにつき当たった。
ミラーレスのいいところはアダプターを介して、今まで持っていた古いレンズが使えるところだ。たとえば最近ほとんど使っていないニコンの24ミリや50ミリ、28~85ミリのズームレンズなどが使えるということだ。仕事場にはカールツァイスもある。ただし、センサーのサイズによってそのまんまの画角になるわけではなくて、APS-Cなら約1.5倍、マイクロフォーサーズなら約2倍。つまり24ミリは、本来ならワイドレンズであるが、APS-Cで36ミリ、マイクロフォーサーズで48ミリになる。オリンパスペンで28ミリの画角が欲しかったら14ミリというレンズが必要になる。35ミリの一眼レフで10ミリ台のワイドレンズはかえって高額で、かつレンズ自体も大きくなる。望遠系のレンズなら手持ちが使えるとしてワイド系はやはり純正のレンズを購入しなければいけない。だとすればつまらない。
と思っていた矢先にシネレンズがあらわれたのである。
35ミリのムービー用のレンズは仕事で何度もお目にかかっているが、ごつくて重い。ところが16ミリ用だとこれが小さくてなかなかおしゃれなのである。マウントはねじ込み式。35ミリだとPLマウントが主流だが、16ミリはCマウントという直径1インチのねじである。8ミリ用のDマウントだとさらに小さい。
佐々木俊尚の『「当事者」の時代』でとりあげられていた横山秀雄をはじめて読んでみた。新聞記者の話である。谷川岳の衝立岩を登る。事件は日航ジャンボ墜落事件である。
この人の本はよく売れているらしい。人気があるのもわかる気がした。
で、16ミリ用のシネレンズで相性がいいのがニコン1だという。センサーのサイズが16ミリフィルムに近いからだそうだ。8ミリ用のDマウントレンズは同様の理由でペンタックスQ10らしい。
ニコン1とシネレンズで映画のような写真を撮ろう。とりあえずそんな高い志を持つに至ったのである。

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25 avril 2013

村上春樹『蛍・納屋を焼く・その他の短編』

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デジタルカメラはこれまで2台買っていた。
最初は仕事でテキサスに行くのに簡単に撮れるデジタルカメラが欲しいと思って、キヤノンのパワーショットS10という今にしてみるとかなりごっついカメラを買った。2000年頃の話。ズームは35ミリ換算で35-70と比較的穏便な仕様。ワイド端が物足りないといえば物足りない。ニコンの一眼に24ミリを付けていた頃と比べるとあまりに物足りなかった。ちなみに24ミリだとたとえば東京ディズニーランドでミッキー、ミニーに子どもたちが群がって記念写真を撮るときに他の親たちよりももう一歩前に出られるのだ。子どもたちが小さい頃、僕の後頭部はずいぶん多くのカメラにおさまったにちがいない。
2台めのデジカメはやはりキヤノンのIXY DIGITAL 900ISだった。ワイド端28ミリのデジカメは当時それほど多くなかったので、案外迷うこともなく決めた。これは今でも現役で町歩きの友である。
デジカメは消耗品だ。フィルムで撮るときのような緊張感もない。そんな気楽に使えるデジカメを、特にこだわることもなくしばらく使いつづけていた。ところが昨年、尊敬するクリエーティブディレクターKさんの持っていたオリンパスのミラーレス一眼を見て、俄然欲しくなってしまった。そのカメラはオリンパスのペンミニだった。何が気に入ったかというとアクセサリーシューに付いていたファインダーだ。モータードライブやレンズフードなど、実を言うと機械に付けるアクセサリーに僕はめっぽう弱いのだ。ペンミニが欲しいということは、あのファインダーを付けたいということなのだ。
先に記したことだが、「蛍」をもういちど読んでみようと思った。『ノルウェイの森』は「蛍」の延長上にある作品だが、その原点にある短編をもういちど。で、結局一冊まるまる再読してしまったというわけだ。
ただでさえ、儚くみずみずしい長編の原型は旧ザクのように多少の荒っぽさを残しながら、それはそれで味わい深い。
ペンミニ+ファインダーは魅力だが、Kさんとまったく同じカメラを持つっていうのもちょっと癪に障る。どうしようかと頭の中をミラーレス一眼のかけめぐる日々がはじまった。

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20 avril 2013

村上春樹『ノルウェイの森』

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家にキヤノンデミというハーフサイズのカメラがあった。
ハーフサイズなんてのももう死語かもしれない。35ミリのフィルム1コマぶんを半分にして撮影するエコノミーな規格のカメラだ。36枚撮りのフィルムで72枚撮影できる。もちろん紙焼きの量も値段も倍になる。
子どもの頃はそのカメラを手に大井町の東海道本線に架かる歩道橋の上や品鶴線という貨物線の沿道で列車を撮っていた。それも小学生までの話。中学、高校あたりになるとそろそろ一眼レフが普及しはじめてきた。簡単なカメラでは恰好がつかなくなってきた。カメラを手にすることはなくなった。
20代の半ばを過ぎて、テレビコマ―シャルの制作会社に入って、ふたたびカメラを手にすることになる。もちろん、カメラマンとしてではない。CMもその当時は35ミリ、ないしは16ミリのフィルムをまわしていた。露出であるとか、画角であるとか、カメラの知識が皆無では太刀打ちできないのだ。そんなわけでニコンのFM2という一眼レフを購入した。レンズは会社に何本かあったので、とりあえず50ミリを買った。当然中古である。
以来、基礎教養としてのカメラいじりが、85ミリ、35ミリ、135ミリ、28ミリ、24ミリ…、とレンズを買い足すごとにたちの悪いに趣味になっていく。それも子どもが小さいうちまで。そもそもレンズを何本も持って移動することがつらくなってきたのだ。仕事でカメラを持っていってもフィルムは入れない。画角を見るだけ。
『ノルウェイの森』はもう何度読みかえしたことだろう。
たしかに村上春樹の本流の小説ではないけれど、今でも多くの読者を惹きつけてはなさない不思議な魅力を持った長編だ。今回は『蛍・納屋を焼く・その他の短編』でそのプロトタイプとして書かれた「蛍」と読みくらべてみようと思い立って、またページを開いてみた。
子どもたちが大きくなってからはもっぱらコンデジ(コンパクトデジタルカメラ)でカバンのポケットにいつも入れていた。旅行にでも行かない限り、写真はさほど撮らなくなった。
カメラの話はまた後日ということで。

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24 mars 2013

村上春樹『アフターダーク』

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安田学園とは少なからぬ縁を感じている。
高校時代バレーボールの大会前に各支部ごとに(東京は4支部にわかれていて千代田区は第2支部だった)代表者会議なるものがあり、要は組合せの発表があって、公式戦に向けて簡単なルールの説明が行われるのだが、その会場校が両国にある安田学園だったのだ。
それから15年ほどして、CMプロデューサーのフジちゃんと知り合った。
とある夏の日の昼前、フジちゃんはひょっこり僕の仕事場に顔を出し、ちょっと近くまで来たんで寄ってみたという。てっきり昼でもいっしょにと誘いに来たのだとばかり思っていたら、これから息子の試合を観に神宮球場に行くんだという。そそくさと引き揚げてしまった。
フジちゃんのご子息テツは安田学園の野球部だった。その年はたしか東東京大会のベスト4まで進んだと思う。
その後しばらく安田学園は低迷する。ジャイアンツの阿部慎之助もこの頃の選手である。フジちゃんと飲みに行っても最近安田学園パッとしないよね、などと話していた。テツは肩だか肘だかを壊して、野球をあきらめ、その後めざしたプロゴルファーの道もあきらめてしまったが、今は茨城のゴルフ場で元気に働いているという。
昨秋、安田学園、悲願の都大会優勝というニュースが飛び込んでくる。秋季大会を勝つということは選抜出場決定ということだ。思わずフジちゃんに電話した。来年の春は絶対甲子園に行こう、と。
仕事にかまけていたら、いつしか選抜ははじまっていて、二日目第四試合が安田学園対盛岡大付だった。
村上春樹の小説は全部読んでいるつもりだったが、この本だけはどうしたわけか読み逃していた。昨年、『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011』を読んでそのことが発覚したのだ。
はじめての甲子園で安田学園は好ゲームを見せてくれた。9回土壇場で同点に追いついた。興奮した。残念な結果に終わったが、フジちゃんもテツもいい夢を見ただろうか。

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13 février 2013

森鴎外『山椒大夫・高瀬舟』

NEXUS7というタブレット端末を手に入れた。
スマートフォンでたいてい事足りるのだけれど、電話中に予定を問い合わされたときいちいちスケジュールを見るのが面倒なのと、打合せ中、資料画像や映像を人に見せるのに小さな画面を何人かで見入る風景がどうも間抜けに思えたからだ。プレゼンテーションで映像資料を見せるとき、ノートPCの画面を先方に向ける動作もどことなくかっこ悪いと思っていた。
だが、実際にNEXUS7を手にすると、そんなスケジュールの閲覧だの、プレゼンテーションだのといったかっこいい使い方をする機会はさほどなくて添付ファイルで送られてきたPDFの資料をながめるとか、結局はフェイスブックやツイッターを見る程度の使い方しかできていない。
最近になってようやく電子書籍をダウンロードして読めるようになった。不思議なことだが、同じ文字情報を追いかけているにもかかわらず、紙に印刷された文字は比較的スムースに頭に入っていくのにディスプレイに映しだされた文字はなぜだかありがたくないと思ってきた。それなりの文章を綴って文字校正をする場合でも、画面上では気づかなかったことが赤ペンを持って紙に対峙するとたくさん間違いが見つかる。
時代はペーパーレスに向かっているなどともう十年以上も前からいわれていると思うのだけれど、身体がペーパーレスに馴染まない。ということでせっかくタブレット端末もあることだし、ディスプレイ文字に慣らすことにした。
読み切れるかどうかもわからないので基本は短編で無料。夏目漱石、森鴎外、芥川龍之介など近代の名作が思いのほか揃っているのだ。林芙美子の短編なども充実している。図書館に行って、書庫から出してもらわなければならないような全集にしか収められていない短編も多い。
今回は新潮文庫に収録されている森鴎外の短編をキンドルから拾い読みしてみた。
半月ほど電子書籍を読み漁り、少しは身体が慣れてきた。でもやっぱり本は紙がいいな。

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